2009年06月20日

Aさんのリトリーバル体験

昨日ご紹介した
Aさんのリトリーバル体験
の詳しいシェアです

ほぼ原文のままでご紹介します



「ブルースがよく言う、
「ふりをしてごらん。
そうすれば想像を超えたストーリーが展開するかも」
を初めて実行してみたときの経験です。

光の球体のガイドに連れられて、
仄暗い灰色の急斜面に横たわっていた男性を救出しました。
雪山?での遭難者、というのが第一印象。
半ば雪?に埋もれていて、左腕を下にして死んでいたので、
私は右腕を掴んで引き起こしました。
(重い筈はないのですが、そのとき何故か「重い」男だ、と感じたことを思い出します) 
顔を覆っていた雪?のようなものが顔から滑り落ち、
右横顔が見えて一瞬、ドキッとしたのですが、
彫りが深く、鼻筋が通り、鷲鼻。目も唇も細く、
大袈裟に言えば「チャールトン.へストン」の鼻を鷲鼻にしたようなイケメン。
一瞬、ユダヤ人か?という印象も。

腕を掴んで引き起こしても身体はグッタリしたまま。
しょうがないので、彼の左腕を光球のガイドが抱え、
右腕を私が抱える形で飛行を始め、到着したのは草原。
右手方向から同じような服装の男性が歩み寄り、彼に向かって敬礼。
彼も、朦朧としながらも、よろけながら敬礼を返そうとするのです。
あ、この男は軍人で、上官と部下だったのか。
軍服は半袖の軽装。色は薄茶の印象。
ドイツのロンメル戦車隊の兵士が同じような軍服を着てたっけか?

いずれにせよ、誰かは知らないけど、リトリーブ、一丁あがり!

と思った次の瞬間、突然、
眼下に、魚雷攻撃を受けている軍艦の鮮明な映像がドッカーンと飛び込んできたのです。
私自身は高度2−3百メートルの上空から真下を見下ろしています。
船首左舷に魚雷が炸裂し、次の瞬間、船首右舷にも魚雷が2発命中。
船首甲板には3連装砲塔が2つ、必死に旋回している。

さっき、ぶるーすが言っていた「驚くようなこと」とはこれだ! と、
ビックリを超えて、唖然。

さっき、「雪山」と思ったのは間違いで、あれは「海底の斜面」だったのか、と思いを新たに。

この日、得たビジョンは以上でおしまい。

この軍艦は船体の形状が「ずんぐり」としており、感じとしては日露戦争辺りの旧式の軍艦。
しかし、インターネットで捜し回ったけど、3連装砲を2門も搭載した軍艦は見当たらない。
あの軍人が私の過去世だとすれば、日露戦辺りの軍人だったのか?
または、ユダヤ人の軍人か? 
日本の軍艦なのか、そうでないのか???

二次大戦当時の戦艦であれば、
戦艦大和が船首部に3連装砲を2門搭載しているのですが、船体の形状が違うのです。
戦艦大和だと船首部は流線型に長く延びており、私が見たような「ずんぐり」ではない。
世界中の砲艦を調べまくったけど解らずじまい。

結局、これは一体、何だったのか??? 
消化不良の状態がその後、1年間。

時は変わって1年後の昨年、
再度ブルース・モーエン・ワークショップのアドバンスコースにて。

セッションの中で、「一体、あの軍艦は何だった?」と、必死で尋ねたら、
非常にかすかな声?で「ム・サ・シ・・・」という声が聞こえたような聞こえなかったような・・・。
「武蔵」という名前の軍艦があることは知ってはいたものの、どのような船なのか知識は皆無。
帰宅後、インターネットを見たら、
なんと大和の同型艦で2番艦。我ながら無知も甚だしい。

調べたら、沈没は1944年10月24日、フィリピンのシブヤン湾。
米軍の航空攻撃で魚雷と空爆により撃沈。
米軍は何度となく攻撃を繰り返すのだが、武蔵はなかなか沈まない。
その理由は、米軍は左右両舷から雷撃を加えたため、左右のバランスがなかなか崩れず、
ずっと横転しない状況を維持しつつ船首が水没しながら沈没します。

つまり、私が見下ろしたビジョンは、まさに舳先が水没を始めたときのものだったのです。
したがって、船首が水没し舳先が見えなくなり、船形が「ずんぐり」と見えたのでした。

その後、ゲリー・ボーネルさんの個人セッションで尋ねましたら、
船の名前までは分からなかったのですが、
ハイ、あなたの前世は法律を専門とする政府の役人で軍人でもありました。
フィリピンで米軍の魚雷と空爆で沈没して死にました、と言われました。
転生までの時間は非常に短かったけど、そのような人も大勢いる、のだそうです。

ところで、以下は余談ですが、
武蔵だったかどうかは自信はありませんが、船に乗って呉(瀬戸内の)にも行ったことがあるのです。
艦橋から陽光まぶしい、港町の景色のビジョンが鮮明に見えたことがありました。
「ここはどこ?」と尋ねたら、答えは「呉」。

初めての夏のブルース・モーエン・ワークショップでRちゃんという女性、覚えてますか?
彼女は呉の空襲で焼け死んでいるのですが、彼女とは何かしらの関係があったように感じるのです。
陽光まぶしい呉の港の風景が見えた後、ひょっとしてRちゃんとも関係があるのか?と思った刹那、
遠くに、もんぺ姿の女性が小さーく見えました。


ということで、その後、軍服の疑問だけが残っていたわけですが、
「真夏のオリオン」の玉木宏が疑問を解いてくれたわけです。

帝国海軍の軍服をインターネットで調べても、立派な正装については写真が出てくるのですが、
半袖の夏季略服は出てこないのです。
沈没が10月下旬とはいえ、フィリピンの気温は30度以上に昇っていたでしょうから
半袖の夏服のまま防戦しつつ死んだのかもしれません。

戦史を読むと、壮絶な戦闘だったようです。
乗員2千数百名中、1000名が戦死。
生存者もその後、殆どが現地の陸軍に編入され、
そのまま南方戦で戦死した人が多かったとのこと。
艦上で死ねた私はむしろ幸せだったのかも知れません。


見えた映像はウソをつきません。
軍艦の形状が「ずんぐり」していたことにはちゃんとした理由があったわけですし、
軍服も、実際に当時そのような軍服が使われていたことが今回判明したわけです。

ブルース・モーエンというエンジニア的粘着的性格が
モンロー研究所での経験をもとに彼流のセミナーを開かせ、
著作を出版させているわけですが、
お陰さまで、私のような凡人でも、「見える」のですから、
ものすごいことだと、ありがたく思っています。

過去世は過去世であって、必要な学びは既に終わっているはず。
とはいえ、
過去世を知って今世を生きることができれば、
今世をより豊かなものにできる面もあるのではないでしょうか。」


2年ほどにわたる
素晴らしい体験をシェアしていただいて
すごく感動しました ぴかぴか(新しい)

Aさんは、企業にお勤めの普通の会社員です。
本当に、そういう普通の人たちが
ブルース・モーエンのワークショップで素晴らしい体験をして
癒されたり、学ばれたり、楽しまれているのをサポートさせていただくのは
いつもいつも有り難く、感動しております



さて文中に登場した「呉」の「Rちゃん」
私も覚えています 
2年前のことになりますが、彼女の体験も
とても興味深いので次回の記事に

読んでくれてありがとう!





posted by アイ クミコ at 08:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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